原民喜 心願の国

僕にはもうこの世で、とりすがれる一つかみの藁屑もない。だから、僕には僕の上にさりげなく覆ひかぶさる夜空の星々や、僕とはなれて地上に立つてゐる樹木の姿が、だんだん僕の位置と接近して、やがて僕と入替つてしまひさうなのだ。どんなに僕が今、零落した男であらうと、どんなに僕の核心が冷えきつてゐようと、あの星々や樹木たちは、もつと、はてしらぬものを湛へて、毅然としてゐるではないか。

……僕は自分の星を見つけてしまつた。ある夜、吉祥寺駅から下宿までの暗い路上で、ふと頭上の星空を振仰いだとたん、無数の星のなかから、たつた一つだけ僕の眼に沁み、僕にむかつて頷いてゐてくれる星があつたのだ。それはどういふ意味なのだらうか。だが、僕には意味を考へる前に大きな感動が僕の眼を熱くしてしまつたのだ。

⋯

些細な、あまりにも些細な出来事が、誰もゐない時期になつて、ぽつかりと僕のなかに浮上つてくる。……僕はある朝、歯の夢をみてゐた。夢のなかで、死んだお前が現れて来た。
「どこが痛いの」
と、お前は指さきで無造作に僕の歯をくるりと撫でた。その指の感触で目がさめ、僕の歯の痛みはとれてゐたのだ。

ウルシュラ「自殺の予告と「心願の国」」

「每個人在他的人生中，或早或晚都會有此發現，即極致的幸福是無法達成的，但很少有人思考過相反的論點：即極致的苦難也是無法達成的。與這兩種極致的狀態相抗衡而使其無法實現的處境，便是人的處境，一種與任何的無限為敵的處境。與其相抗衡的是人對於未來那不完整的認識；而在某些情況下，這被稱作希望，除此之外，則被稱作關於未來的不確定性。與其相對的，是終有一死的確定性，死亡是任何歡樂的終點，也是任何痛苦的終點。與其相抗衡的，是無可避免的物質解救，物質上的解救一方面污染了任何長久的幸福，另一方面也不遺餘力地讓我們不去注意發生在我們身上的那份不幸，支解我們對於那份不幸的感受，讓我們能夠承受它。」

如果這是一個人